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とらのこ

Author:とらのこ
はじめまして。
 会社員、資格試験受験生、専業主婦などを経て、現在、質屋にて修行中です。
 新しいことを始める準備のため、読んだ本から得られたTipsをご紹介できたらと考えています。
 当初、自分の勉強も兼ねてビジネス書を中心にしたいと考えていましたが、長く開店休業状態が続きました。
 時間の経過とともに、自分の興味や、ブログがはたす役割も少しずつ変わってきたように思います。
 読んだ本のご紹介を通して、何を考えたのか、感じたのか、書いていきたいと思っています。
 当面は、拙ブログ「シンプルシンキング」に掲載しましたテーマ「読んだ本・読んできた本」に加筆・再掲載していくつもりです。「シンプルシンキング」については、このページの左下「リンク」をご覧ください。
 よろしくお願いします。

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こんな本を読んだ
伸ばしていきたい思っている「情報調査力」を鍛えるため、読んだ本をご紹介していきます。 簡潔に書いていきたいと思っています。
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『バレエ漬け』(ブログ「シンプルシンキング」2007.2.13の再掲載)
最近読んだ本。

草刈民代さんの『バレエ漬け』。

彼女の、何とも男気ある性格、というか、さっぱりした性格がよく出ている本であり、また、本を「書くこと」で、「どうして踊るのか」という長年、踊りながら、考えてきたということを、整理する機会でもあったのではないか、と思った本だ。

また、彼女の夫の周防監督の「人間が出来ている」というか、懐の深さが察せられる本でもある。
本人も、どうして、自分が映画に主演することになり、その監督と結婚することになったのか、いまだに分からないし、「こんなんじゃなかった」と言いながら、一緒に暮らしている、2人の暮らしぶりも伝わってきて楽しい。

また、彼女のバレエにかける、とてつもない執念のようなものも伝わってきて、一見、華やかな世界と思われている世界の、厳しい舞台裏を垣間見た気もした。

第一線で活躍しているダンサーが、「どうして踊るのか」、「これでいいのか」、という自問自答を繰り返しながら、毎日、毎日、来る日も来る日も、「精進」していることに頭が下がる思いもした。

草刈さんの、何とも気風のよさそうな、性格がよく伝わってきて、こちらも元気が出てくるような本だった。

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『老師と少年』(ブログ「シンプルシンキング」2007.1.27の再掲載)
2007年1月に書いた記事の再掲載です。



******

老師と少年老師と少年
(2006/10/24)
南 直哉

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新潮社から出ている季刊誌「考える人」を時々読む。
そこの編集長である、松家仁之さんが発行しているメールマガジンがあり、購読している。
「考える人」
少し前、そのメールマガジンで、「老師と少年」という本を紹介していた。
最近、読んでみた。

お坊さんが書いた本のようだ。
字も大きいし、言葉遣いもとても分かり易い。
でも、言っていることがとても深い。
なるほど、と納得する部分もたくさんある。

あらすじは、生き方に迷っている少年が老師に、いろんな問を夜な夜な投げかけるという話。

老師が言う。
「生きることの苦しみと、生きるための苦しみは別物。」
「少年にとって、自分と対話が役立つことはない。でも、自分と同じ悩みを持っている人が存在することを知ったことは意味があるかもしれない」
という具合。

何度も読みたいと、むしろ読まないと、本質はつかめない(少なくとも私にとっては)深い内容なのだ。
普段は、図書館で借りてしまう本が多いのだが、この本は買って、手元においておきたいと思っている。

『夜と霧』 (ブログ「シンプルシンキング」2007.1.23の再掲載)
2007年1月に書いた記事の再掲載です。


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夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録
(1985/01/22)
V.E.フランクル

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フランクル『夜と霧』 2013年3月 (100分 de 名著)フランクル『夜と霧』 2013年3月 (100分 de 名著)
(2013/02/25)
諸富 祥彦

商品詳細を見る

今年のセンター試験が終わった。
結果がよかった人も、悪かった人も、春までもう少し。

二十歳の成人式の日、私はセンター試験会場に居た。
配られた問題用紙を開く前に、少しでも問題が読めないかと、じっと見ていたあわれな自分。
成人式の振袖どころの騒ぎではなかった。

私は、学校は行かずとも、勉強はする、という変な高校生であった。
正確には、通信制高校に籍を置きながら、大学検定に合格して、大学に入った。
当時、通信制高校は卒業するのに4年かかるので、大検に合格した3年生のとき、大学受験の勉強に専念するため、通信制高校は中途退学した。
考えてみると、とても不安定な身の上である。

高校中退者と、大検合格者と、世間的に、どっちが見栄えするのだろう、とつまらないことを考えた(どちらも不安定なことこの上ない・・・)。

でも、通信制高校に通い続け、大学受験に不要な授業を受ける負担を引き受ける余裕は自分にはなかったので、高校中退を選択した。
本格的に大学受験の勉強に入る前、父親の知り合いで、かつて高校の数学の先生をしていた人に、1週間に2時間ほど、数学を習っていた。
1週間、自分で勉強して、分からないところを先生にまとめて聞く、というスタイルであった。
いつもは、数学の問題を黙々と解いているのであるが、あるとき、なにを思ったか、先生が突然言った。

ユダヤ人で、アウシュビッツの収容所から生還した人の話がある。
収容所では、たくさん人が死んでいくのだけれど、毎日コンスタントに人が死んでいくのではなく、「クリスマスまでには解放されるのではないか」などという、デマが流れ、でも結局、デマはデマで、クリスマスが過ぎても解放はされず、そうすると力尽きたように、たくさんの人がどっと死んでいった、ということだった。
収容所では、体力がある人が、生き延びたわけでなく、最後まで、「生きて収容所を出る」という希望を失わなかった人が、生き延びた、という。
そういう状況を見て、本の著書は、「私が人生に期待するのではなく、人生があなたを待っている」ということを悟ったそうだ。

先生は、つらいことがあると、その言葉を思い出すようにしている、と言っていた。
同時に、本当につらいときは、そう思ったことすら、忘れてしまっているんだけれど、とも言っていた。

本の話を聞いた当時、まだ高校生だった私は「そんなものかなあ」と思った。
当時の自分の状況はけっこうつらいものがあった。
明日どうなるか分からない我が身。
結局、本の題名は聞かずじまいだった。

その後、予備校に行くようになり、授業で取り上げられた話に「なんだか聞いたことがある話だなあ」と思うことがあり、手に取ったのが「夜と霧」だった。

まさに、数学の先生が話していた本は、これだったのだ。
本を手にしたとき、とてもなつかしいような、不安定な当時を思い返すような気持ちがした。

私は無知で知らなかったのですが、有名な心理学者の本だったのですね。
本のあちこちに、蛍光ペンで線を引いたことを覚えている。

今の生活は、人生や、周りの環境に期待していないか、自分の「思い」をきちんと入れることが出来ているだろうか。
最近、ふと、「人生があなたを待っている」
この意味を思い返すことがあり、もう一度、読んでみたいと思っている。
『窓ぎわのトットちゃん』 その3(ブログ「シンプルシンキング」2007.1.16の再掲載)
2007年1月に書いた記事の再掲載です。

これを書いている2013年の段階では、思春期に受けたストレスがうつ病の原因となっていることがマウスの実験でわかっています。
そのニュースを聞いたとき、「やっぱり」というのが第一印象でした。
過去はどうにもしようがありません。
過去にばかりとらわれていてもどうしようもありません。
遅ればせながら、自分の個性を伸ばすことを少しずつ継続していきたいと思っています。

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窓ぎわのトットちゃん (講談社文庫)窓ぎわのトットちゃん (講談社文庫)
(1984/04/15)
黒柳 徹子

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以前、書いた「窓ぎわのトットちゃん」を何十年ぶりに読んでみての感想の続き。

何十年かぶりに、同じ本を再び読んでみて、初めて読んだ当時の自分の状況がどんどん思い出され、胸がいっぱいになった。

当時の私は中学生で、不登校していて、自宅で一人で毎日勉強していた。
周囲と全く違う環境に一人でいた。いつも一人だった。

そしてひたすら、自分が決めた道を進むための努力を繰り返しながら、内心では「本当に自分のやり方で大丈夫だろうか。」という不安も常に抱えていた。

何十年も前に読んだとき、自分に足りなかったのは「これだ」というのがすでに分かっていたのだけれど、結局その思いを封印、というか、見ないフリをしてしまった気がする。

当時の自分に足りていなかったのは、自分を受けれてくれる人の存在、であったと思う。

見ないフリした理由は、そのことを分かってしまったら、自分の受けてきた教育や環境が悪かったと、他人のせいにすることになると思ったから、と思う。

思えば自分は、子どものころ、恵まれていたといえば、そうも言えるけれど、いろんな枠組みにはめられ、自由に動けなくなっていた。

学校に行くと、いつも緊張していた。
学校で「こうすれば、受け入れられる」というのが分かっていて、ひたすら期待に応えている、という感じだった。
「受け入れられる」というのは、条件つきの受け入れ。
相手の期待に沿わなければ自分は捨てられる、と分かっていた。

考えてみると、自分の個性はゼロだった。
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テーマ:メンタルヘルス・心理学 - ジャンル:心と身体

『窓ぎわのトットちゃん』その2(ブログ「シンプルシンキング」2007.1.9の再掲載)
2007年1月に書いた記事の再掲載です。

小学校5年から不登校をしていた私から見ると、トモエ学園の教育はこの上なくうらやましいものでした。
「人と比べてちょっと変わっていること」は、大事に、上手に育てていけば個性になります。

******

『窓ぎわのトットちゃん』の続き。

トットちゃんは、小学校1年生で、入ったばかりの学校を退学になってしまう。
その理由は、トットちゃんの奇想天外な行動が、周りの子に迷惑を掛けるから、ということだった。
それぞれの行動の奇怪さは、たしかにあるのだけど、トットちゃんにとっては、そうする理由がきちんとあって、やっている。
だから、その結果、学校で廊下で立たされたりしても、叱られた理由が分からない。

そんなトットちゃんに、お母さんが見つけてきた学校がトモエ学園だった。
その学校は、リトミック(リズム運動)などを取り入れ、学科も、朝、一日のノルマを先生が黒板に書いて、子どもは、好きなものからやっていい、という自由さ。
早く勉強が終わったら、みんなで散歩に出かける。

散歩も、大事な勉強のひとつで、散歩しながら、自然に、歴史や、植物や、天気について、知らないうちに、いろんなことを学んでいる。

もともとは、どんな子も、よい素養を持っているのだけれど、成長するうちに、周りの大人や環境によって、その素養をスポイルされてしまうから、できるだけ早く、そのよい素養を見つけて、つぶされずに、伸ばしていく、という考えかたに基づいた教育。
しつける、というより、もともと持っている性質を、もっと伸ばす、という考えかた。

「いいなー。こういう学校だったら、自分も行っただろうな。」というのが正直な感想だった。

つづく
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テーマ:メンタルヘルス・心理学 - ジャンル:心と身体



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